作文 血縁無縁 ④

達夫は美穂を風呂から上げて美穂子に渡すとホッとして湯船に飛び込んだ。忙しい仕事の連日地獄の時間だ。シャンプーを済ませジャワで流している時だった。風呂場のドアーを叩く音が響いた。「たっちゃん、署から電話!」ドアーが少し空いて達夫の携帯が美穂子から手渡された。左手で頭を拭きながら受け取ると「東堂!」と電話に出た自分の声が木霊する。「済まんが武蔵境の駅前で殺しだ。出張ってくれ。車を向かわせた。」小高の声だった。「承知しました。」お風呂もゆっくりと入って入られない。上がると美穂子が着替えを入れた手提げ袋を用意してた。「殺しですって?いつ帰れるか分からないわね。」と言う。

「仕方ないさ、これが俺の仕事だ。」美穂子の用意したスーツを着ると風呂から上がってご機嫌の美穂を抱っこして「いい子で寝てるんだよ。パパ行って来るからね。」高い高いをしようとした。「あら、ミルク飲んだばかり、やめて!」と美穂子が叫ぶ。今夜はゆっくりと美穂と遊べると思っていた達夫は不満そうな顔して美穂をベビーベッドに移した。「俺、外で車待つわ。」とマンションを飛び出して行った。夜の8時を少し過ぎている。風が冷たい。

    坂田が運転する警察車両が達夫の前で停まった。

どんな殺しだと聞くと「武蔵境の北口を出たところにバス停があるでしょ。」「田無駅経由ひばりヶ丘団地行の乗り場で40代の男性が後ろから刃物で左胸の辺りを刺された模様です。まだ詳しい事は鑑識が出て調べて居る段階です。」と説明した。坂田は今夜は泊まり当番であった。「そうか、迎え済まなかったね。」と言うと「班長こそ定時でやっと帰れたのに。」とポツリと言った。

現場に着くと駅前と在って人だかりが凄くその一角は警察車両や一般の車の乗り入れやタクシーので入りなど規制され騒然としていた。

その規制線のテープを監視している制服警官に捜査員証を提示して坂田と入って行った。

「課長、遅くなりました。」

バス乗り場の上に横たわる遺体にはブルーシートがかけられている。

その男はサラリーマン風のいかにも真面目そうな40代から50歳位の男だ。その身元が持っていた財布の身分証から判明していた。

大崎太郎  株式会社、SSIT.経理課長

五反田が本社である。

更に運転免許証から年齢や住所が割れていた。ひばりヶ丘団地に住まっている。既に家族への連絡は済んででいた。その遺体の状況を見た達夫は「この殺られ様は怨恨でしょうかね。執拗に刺されてますね。」

「この雑踏の中でやられてるからね、目撃者が当然居てね、逃げた男の面が割れてるよ。」周りに飛び散る血痕やげそ痕などの採取が鑑識班でされている。「今監視カメラで逃走経路を追っている。近辺の聞き込みに合流してくれ。」と小高の命令を受けて2人はスキップ通りで聞き込み中の仲間と合流した。初動捜査は極めて大切でそれ如何で事件が早期解決するのか迷宮入りするのか決まると言っても過言では無い。程なく武蔵野北署に警視庁捜査一課が出張り捜査本部が置かれるだろう。

目撃者が見たのはバス待ちをしていた被害者大崎に後ろから男が掴み大声で「殺してやる!」と叫びながら背後から背中を何回も刺した。大柄で少し白髪混じりの厳つ顔をし、左の目の下にホクロがあったとそのバス停の向かいのパン屋へ買い物に来ていた主婦からの証言が得られた。その後その主婦の情報で男はそのまま線路伝いに三鷹駅方面へ逃げて行った。との事だた。駅前の商店街へ入れば人が多くそこを避けたので有ろう。その道のりにある監視カメラを徹底的に探した。返り血を相当浴びて至ると思われ目立たない所へ隠れる事も考えられた。

  三鷹方面に少し行くと左の角に手作りのアクセサリーの店がある。その角はその店が休みで一角の灯りが弱い。そこを大柄の男が身体を丸めるようにして曲がる所が店の向かい側に有る監視カメラで捉えることが出来た。顔認識でどうやら鮮明な顔が分かる位の画像になった。一報を聞いて、大崎の確認に妻の聡子と(   SSIT )の総務課長、野澤が署に来ていた。遺体安置所には熊谷捜査員が付き添っている。先に野澤が出てきた。達夫は「大崎さんに間違いないですか?」と問うと「はい、ウチの経理課長の大崎に間違いないです。何故こんな事に.........。」と絶句した。

「済ません。今回の容疑者らしい人が監視カメラに写ってまして、念の為に確認をして頂きたいのですが。」と応接室に促した。既にテーブルの上には写真のコピーが届いていた。余りの事にショックを受けて顔色が悪い。「大丈夫ですか?お茶でも飲んで下さい。」と進めると、この男何ですが。と写真を野澤の側へ移した。其れをマジマジと見つめて居たが暫く時を置いて「あの~、刑事さん。この男が大崎君を殺した男に間違いないんでしょうか?」と聞いてきた。変な事を言うなと達夫は感じたが「目撃者の証言から割り出すとほぼこの男では無いかと見てるのですが。」「見覚えが有りますか?」と重ねて聞いてみた。野澤は「前かがみになって見ずらいけどこの男は五十嵐と言う昔会社を解雇された男に似てます。少し歳をとって居るけど左目の下のホクロ、間違いないと思いますが。」と野沢が達夫の驚く事を言った。「うちの課長と生安の課長と洋子ちゃんを呼んで来てくれるか?」と傍にいた折本に頼み、折本が急いで応接室を出て行くのと同時に「その辺りの詳しい話をお話して下さいますか。」と言うと、もう定年も近いのであろう歳頃の人の良さそうな野澤は話ずらそうにポツポツと話し出した。「今から二十四、五年くらい前になります。殺された大崎君が我社に入社した年でした。その頃経理部に二年前に事故で亡くなった滝沢と言う係長が居たんですが、その当時経理課長をしてたのが五十嵐何です。」若い大崎と滝沢は五十嵐の二重帳簿を見つけて会社の利益から金を横領してたとの不正の事実を掴み内部告発をした。その直後妙子と結婚した公男は山形の酒田市に有る営業部に転勤して行った。五十嵐は当然解雇され訴訟されて裁判を経て実刑が言い渡され府中北刑務所に送られた。五十嵐は随分と公男と大崎を恨んでいた。と説明されたのである。

その後直ぐに公男は退社して山形から逃れる様に東京に帰ったのある。その話をしてる間に洋子達三人も加わって聞いていた。

達夫は洋子に「滝沢、君の弟さん左目の下にホクロが有る男に何回か付けられたと言ってたね。其れに亡くなったお父さん以前SSIT社の社員だったと。」洋子はうなづいた。と、同時に其れを聞いていた野澤は「あ、あの滝沢さんの娘さんですか?」と驚いたように聞いた。

洋子は動揺していた。間違いなく今までの不可解な出来事が一本の線で繋がって来たと感じていた。「はい、滝沢公男の長女洋子です。」

とそう答えると野澤が嬉しそうにうなづいた。

「課長、滝沢の弟さんに五十嵐の顔写真確認して貰って下さい。」

「そうしよう。」と小高が席をたって行った。

「滝沢、動き始めたな。」と達夫は感慨深そうに洋子にそう言った。

「はい。」洋子は応えた。

「こ、こんなことで滝沢さんのお子さんに会えるとは·····。」懐かしい者を見るような眼をして洋子を野澤が見詰めてた。「野澤さん、今日はご協力有難う御座いました。」と達夫が頭を下げると洋子も深々と頭を下げた。

「いえ、今度の事が我社の過去の汚点から出た事であるなら本当にお恥ずかしい事です。卑怯な五十嵐を必ず捕まえて下さい。」と言い残し応接室を後にして行った。

   程なく大学の授業から急遽呼びだされ出頭した晃生によって付け狙っていた男が五十嵐である事が確認された。

晃生は五十嵐が父では無く、父の元同僚であった事を知って公男の死をも疑念を持たざるを得なくなっていた。歩道橋からの転落死が事故で無く五十嵐の手による殺人で有ったなら、今回殺害された大崎さんとのこの三人に何が有ったと言うのだろう。何故父は死ななければならなかったのだ。そう突きつめて考えてみるとその胸は不信でいっぱいになっていくのだった。

  達夫達捜査員はその話を持って捜査本部会議に臨んだ。🍎